抗がん剤の副作用を医師や看護師に伝えることは、つらい症状を和らげるだけでなく、がん治療の結果にも関係するのでしょうか。
2017年、米国の医学誌『JAMA』に興味深い研究結果が発表されました。患者が定期的に症状を報告する仕組みを取り入れたグループでは、通常の診療を受けたグループと比べて、生存期間の中央値が約5か月長かったのです。
もちろん、副作用を伝えるだけで寿命が延びるという話ではありません。この研究では、患者から報告された症状を医師や看護師が確認し、必要な対応を行っていました。では、どのような仕組みが使われ、実際にどんな違いが生まれたのでしょうか。
副作用の報告で、生存期間にも差が出た?
この研究を行ったのは、米国のイーサン・バッシュ(Ethan Basch)らの研究チームです。ニューヨークのメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターで、転移性の固形がんに対して化学療法を始める患者766人を対象に、2007年から2011年にかけて臨床試験が行われました。
参加者は、通常の診療を受けるグループと、通常の診療に加えて症状を定期的に報告するグループに無作為に割り付けられました。その後、2016年までの生存状況を調べた結果が、2017年に報告されています。
結果は次のとおりです。
| グループ | 生存期間の中央値 |
|---|---|
| 症状を定期的に報告したグループ | 31.2か月 |
| 通常の診療を受けたグループ | 26.0か月 |
両グループの生存期間の中央値には、5.2か月の差がありました。統計学的にも有意な差が認められています。
ここでいう「中央値」とは、参加者の生存期間を短い順に並べたとき、ちょうど真ん中にあたる値です。症状を報告した人全員が5か月長く生きたという意味ではありません。
また、この試験はもともと生活の質(QOL)の変化を主な評価項目として計画されたもので、生存期間の解析は当初から予定されていた主要評価ではありませんでした。それでも、患者の症状報告と医師や看護師の対応を組み合わせた仕組みが、生存期間にも関係する可能性を示した注目すべき結果です。
研究では、患者の報告をどう活用したのか
この試験で使われたのは、患者自身がパソコンなどを使って症状を報告するシステムです。
患者は、痛み、吐き気、疲労感など12種類の症状について、診察時だけでなく、診察と診察のあいだにも回答しました。症状が強くなったり、悪化したりした場合には、担当の看護師にメールで通知が届く仕組みです。診察時には、それまでの症状の経過をまとめた情報も担当医に提供されました。
重要なのは、報告を集めるだけで終わらなかったことです。
研究報告によると、看護師は症状に関する通知の77%に対して、具体的な医療上の対応を行っていました。電話による症状への対処方法の説明、症状を和らげる薬の処方、抗がん剤の投与量の調整、ほかの専門職への紹介などです。
一方、通常診療のグループでも、副作用を相談できなかったわけではありません。診察時に症状を伝えたり、気になる症状があれば病院に電話したりすることは可能でした。両グループの大きな違いは、診察のない日にも症状を定期的に確認し、悪化した場合には担当の看護師へ通知する仕組みがあったことです。
例えば、診察では「最近、吐き気があります」と話せても、実際には数日前から食事がほとんど取れなくなっていたかもしれません。定期的に症状を記録していれば、そうした変化を医師や看護師が早く把握できる可能性があります。
患者が感じている症状を、診察時の会話だけに頼らず、継続的に把握しようとした点が、この研究の特徴です。
QOLや救急受診、治療期間にも違いがあった
同じ臨床試験では、生存期間だけでなく、生活の質や医療機関の利用状況についても調べられています。
2016年に発表された最初の研究結果では、症状報告システムを利用したグループで、QOLの改善や救急外来の利用の減少が認められました。
さらに、抗がん剤による治療を受けた期間にも違いがありました。
| グループ | 化学療法を受けた期間の平均 |
|---|---|
| 症状を定期的に報告したグループ | 8.2か月 |
| 通常の診療を受けたグループ | 6.3か月 |
平均では約1.9か月の差がありました。
これは、症状報告システムを利用したグループで、結果として化学療法を受けた期間が長かったことを示しています。ただし、治療期間が長ければ必ずよいというわけではありません。がんの種類や治療の目的、病状によって、適切な治療期間は異なります。
また、救急受診が減ったからといって、すべての体調悪化を防げたわけでもありません。必要なときには救急受診や入院が欠かせませんが、早めの症状対応によって避けられる受診もあるのではないか、という点は重要です。
この研究で評価されたのは、単に症状を記録することではなく、その情報を実際の診療に活用する仕組みでした。
なぜ、生存期間に差が生まれたのか
では、症状の報告と医師や看護師の対応によって、なぜ生存期間に違いが生まれたのでしょうか。
研究者たちは、いくつかの可能性を挙げています。
ひとつは、副作用や体調の悪化に早く気づき、重症化する前に対応できた可能性です。例えば、吐き気や下痢が続けば、脱水や栄養状態の悪化につながることがあります。症状を早い段階で把握できれば、薬の調整や補液など、必要な対応を検討できます。
もうひとつは、症状を適切に管理することで、化学療法を続けられる期間が長くなった可能性です。実際に、試験では症状報告システムを利用したグループの方が、化学療法を受けた期間が長いという結果が出ています。
ただし、これらは研究者が考えた説明であり、生存期間の差が生まれた理由を直接証明したものではありません。早期の症状対応、治療期間、その他の要因がそれぞれどの程度影響したのかは分かっていません。
また、副作用を早く報告することで、抗がん剤の減量や休薬が必要になる場合もあります。症状を伝える目的は、何があっても治療を続けることではなく、そのときの体の状態に合った治療を受けることです。
この研究結果は、すべてのがん患者に当てはまる?
今回紹介した試験は、がん治療における患者自身の症状報告の重要性を示した研究ですが、結果を解釈する際には注意したい点もあります。
まず、研究は米国の一つの専門がんセンターで行われました。対象となったのは、転移性の固形がんに対して化学療法を受ける患者です。早期がんの術後補助療法や、免疫療法、ホルモン療法などを受けている人にも、同じ効果が得られるとまでは言えません。
また、生存期間の差は統計学的に有意でしたが、もともと生存期間を主な目的として設計された試験ではありません。別の患者集団や医療環境でも同じ結果になるか、慎重に考える必要があります。
さらに、研究で使われた仕組みには、患者が症状を報告するシステムだけでなく、通知を受けて対応する看護師や医師の体制が含まれていました。患者が自分で症状をメモしたり、診察で伝えたりすることだけで、同じ結果が得られると証明されたわけではありません。
それでも、この研究が示したことには大きな意味があります。患者が感じている症状を継続的に把握し、必要な医療につなげることは、QOLや治療経過に影響する可能性があるのです。
私たちの治療には、どう活かせる?
日本のすべての病院で、今回の研究のような症状報告システムが導入されているわけではありません。それでも、診察時に伝える情報を少し工夫することはできます。
例えば、吐き気があったことだけでなく、何日続いたのか、食事はどのくらい取れたのか、処方された薬を使っても改善しなかったのか。そうした情報があれば、医師や看護師は症状の程度や対応の必要性を判断しやすくなります。
また、治療中にどんな症状が出たら病院に連絡すべきか、診察の際に確認しておくことも大切です。抗がん剤治療中の発熱など、次の診察まで待たずに連絡が必要な症状もあります。急な息苦しさや意識の異常など、緊急性が高い場合には救急要請が必要になることもあります。
今回の研究から、患者が副作用を報告するだけで生存期間が延びるとは言えません。しかし、患者が症状を伝え、それを医師や看護師が把握して適切に対応することには、治療を支える大きな可能性があります。
副作用について相談することは、治療の妨げになるどころか、よりよい治療につながるきっかけになるかもしれません。
キャンエビのまとめ
- 米国の766人を対象とした臨床試験では、症状を定期的に報告する仕組みを利用したグループで、QOLの改善や救急受診の減少が認められました。
- 長期追跡では、生存期間の中央値が31.2か月対26.0か月と、約5か月の差が報告されています。
- 研究では、患者の症状報告を受けて看護師や医師が必要な対応を行っていました。単に副作用を伝えるだけで同じ効果が得られると証明されたわけではありません。
- 症状を早く把握して対処することが、治療経過によい影響を与える可能性があります。ただし、すべてのがん患者に同じ結果が当てはまるとは限りません。
- 診察では症状の程度や続いた期間、生活への影響を伝え、強い症状や急な体調の変化がある場合は、次の診察を待たずに病院へ連絡しましょう。
参考文献
- Overall Survival Results of a Trial Assessing Patient-Reported Outcomes for Symptom Monitoring During Routine Cancer Treatment(Baschら、JAMA、2017年。生存期間の長期追跡結果)
- Symptom Monitoring With Patient-Reported Outcomes During Routine Cancer Treatment: A Randomized Controlled Trial(Baschら、Journal of Clinical Oncology、2016年。QOL、救急受診、治療期間などの結果)
- Patient-Reported Outcome Measures in Cancer Care: An Updated Systematic Review and Meta-Analysis(系統的レビュー、2024年)
- The Effects of Patient-Reported Outcome Screening on the Survival of People with Cancer: A Systematic Review and Meta-Analysis(系統的レビュー、2022年)








