「がんになったのは、ストレスが多かったからではないか」「感情をため込んでいたからではないか」「もっと前向きになれば、病気にも良いのではないか」。
がんになると、病気の原因を自分の性格や、それまでの生き方の中に探してしまうことがあります。周囲からそんな言葉をかけられることもあるかもしれません。「あのとき無理をしすぎたから?」「もっと早く休んでいれば?」「自分の何かが悪かったのだろうか」と、過去を振り返ってしまう人もいるでしょう。
けれど今から約50年前、そうして病気に意味を与え、患者自身の人格や人生と結びつけることに強く異議を唱えた一人のがん患者がいました。アメリカの作家・批評家、スーザン・ソンタグです。
40代前半で、ソンタグは「がん患者」になった
1933年にニューヨークで生まれたソンタグは、文学、写真、映画、政治など幅広い分野について文章を書き、20世紀を代表する批評家の一人となりました。世界を観察し、そこにある価値観や思い込みを問い直す。それが彼女の仕事でした。
そんなソンタグが40代前半で乳がんと診断されます。治療は乳房切除や化学療法を含む厳しいものでした。それまでさまざまな社会や文化を論じてきた彼女自身が、今度は「病気について語られる側」になったのです。
乳がんを経験したあと、1978年に出版したのが『Illness as Metaphor(隠喩としての病い)』です。ただし、この本はいわゆる闘病記ではありません。ソンタグは自分の治療生活や苦しみを詳しく語るのではなく、病気の周囲に社会が作り上げてきた「物語」の方に目を向けました。
なぜ病気になった人は、身体の治療だけでなく、その病気が「何を意味するのか」まで背負わされるのか。ソンタグが問いかけたのは、そこでした。
「なぜ病気になったのか」を性格に求める社会
当時、がんをめぐっては、患者の性格や心理状態と病気を結びつける考え方が語られていました。感情を抑圧する人ががんになる。怒りを表現できない人ががんになりやすい。病気になった背景には、その人自身の心理的な問題がある―。こうした説明は、一見すると病気を理解するための言葉にも見えます。
けれどソンタグが問題にしたのは、それによって病気になった本人が、病気の責任まで背負わされてしまうことでした。がんと診断されれば、それだけで生活は大きく変わります。検査があり、治療があり、これからどうなるのかという不安もあります。
そこへさらに「あなたの性格にも原因があったのではないか」「生き方を変えた方がいいのではないか」という物語まで加われば、身体が病気になっただけなのに、自分という人間の在り方まで反省しなければならなくなります。ソンタグは、病気に道徳的な意味や人格の評価を持ち込むことに抵抗しました。
がんを、その人の人生への「罰」にしない
『隠喩としての病い』でソンタグが扱ったのは、がんだけではありません。19世紀にさまざまな物語を背負わされた結核と、20世紀に恐怖や神秘性をまとったがんを比較しながら、人間が病気にどのような意味を与えてきたのかをたどっています。
病気そのものについて知ることと、病気をその人の人格の説明に使うことは違います。病気が「その人がどんな人間なのか」を説明するものになれば、ときには患者自身が責任を負わされます。
ソンタグが取り除こうとしたのは、病気そのものではなく、病気の周囲に積み重なった物語でした。がんは、その人の性格を表すものでも、生き方への罰でもない。病気を病気として見ること。それが、彼女の大きな主張のひとつでした。
乳がんのあとにも、ソンタグの人生は続いた
『隠喩としての病い』が出版されたのは1978年です。けれど、ソンタグの人生も仕事も、そこで終わったわけではありません。その後も彼女は、小説を書き、評論を書き、映画や演劇に関わり、旅をし、社会について発言を続けました。
1993年、60歳になったソンタグは、戦争によって包囲されていたサラエボに滞在し、現地の俳優たちとサミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』を上演します。2000年には、小説『In America』で全米図書賞を受賞しました。
乳がんは、ソンタグの人生に起きた大きな出来事でした。けれど、それが彼女の人生そのものになったわけではありません。乳がんを経験したあとにも長い時間があり、その中で彼女は書き、考え、議論し、旅をし、社会への発言を続けました。「がん患者」という言葉だけでは、その後のソンタグの人生を説明することはできません。
2004年、ソンタグは71歳で亡くなりました。
約50年前の問いは、今の私たちにもあてはまる
『隠喩としての病い』が発表されてから、まもなく半世紀になります。がんの診断や治療は、当時から大きく変わりました。それでも、がんになった人が耳にする言葉には、どこか似たものが残っています。
「ストレスが多かったからでは?」「食生活が悪かったのでは?」「もっと前向きになった方がいい」「気持ちで負けたらだめ」。言う側に悪意があるとは限りません。心配しているからこそ理由を見つけたい、何かできることを伝えたいと思っている場合もあります。
そして誰かに言われなくても、患者自身が理由を探してしまうこともあります。「あのとき無理をしたからだろうか」「もっと健康に気をつけていれば」「自分の何が悪かったのだろう」。病気になった理由を知りたいと思うことと、自分の人生を裁くことは同じではありません。
ソンタグが拒んだのは、病気について考えることそのものではなく、病気をその人の人格や人生の「答え」にしてしまうことでした。がんになったという事実から、その人がどんな人間だったのかまで逆算する必要はありません。
病気は、その人の人格を評価する材料でも、生き方への罰でもない。そして、がんになったあとにも、その人の人生は続いていきます。乳がんを経験したあとも長く書き、考え、行動し続けたソンタグの人生は、彼女が残した言葉とはまた別の形で、そのことを感じさせます。







