「イベルメクチンでがんが治る」「抗がん剤よりイベルメクチンの方がいい」といった情報を、SNSなどで見かけることがあります。結論からいうと、現時点で、イベルメクチンによって人のがんが治ることを示す信頼性の高い臨床的根拠はありません。
ただし、この話は完全な作り話から生まれたわけでもありません。イベルメクチンには、がん細胞やマウスを使った研究で興味深い結果が報告されており、現在は人を対象とした臨床試験も計画されています。では、どこまでが「研究で分かっていること」で、どこからが「まだ分からないこと」なのでしょうか。
そもそもイベルメクチンって何?
イベルメクチンは、もともと寄生虫感染症の治療に使われてきた薬です。そのイベルメクチンについて研究されているのが、すでにある薬を別の病気の治療に応用する「ドラッグ・リポジショニング(既存薬再開発)」です。
新しい薬をゼロから作るのではなく、すでに使われている薬に別の作用がないか調べる研究は、イベルメクチンに限らずさまざまな薬で行われています。イベルメクチンでも、「がん細胞に対して何らかの作用をするのではないか」という研究が進められてきました。
がん細胞やマウスでは、実際に効果が報告されている
ここは重要です。イベルメクチンに抗腫瘍作用を示した基礎研究がある、という部分までを「デマ」としてしまうのは正確ではありません。
2020年の研究では、28種類の悪性細胞株にイベルメクチンを作用させたところ、一部の乳がん・卵巣がん細胞などで増殖抑制がみられました。また、腫瘍を持つマウスでは腫瘍の大きさや重量が減少したと報告されています。
別の2022年の研究では、メラノーマのマウスモデルで、イベルメクチンが好中球細胞外トラップ(NETs)の形成を抑え、肺への転移を減らしたと報告されています。ただし、この研究では原発腫瘍そのものの増殖には効果がみられませんでした。つまり、イベルメクチンとがんの関係を研究する科学的な理由そのものはあります。 問題は、その結果をどこまで人に当てはめられるかです。
「がん細胞に効いた」と「人のがんが治る」は違う
細胞実験では、薬を特定の濃度でがん細胞に直接作用させることができます。マウス実験でも、人とは体の大きさや代謝、薬物動態などが異なります。そのため、「がん細胞の増殖を抑えた」「マウスで効果があった」という結果から、そのまま「人でもがんが治る」と結論づけることはできません。
これはイベルメクチンだけの問題ではありません。前臨床研究で有望だった薬が、人を対象とした臨床試験では十分な効果を示さないことはあります。だからこそ、新しい治療法は人を対象とした臨床試験で、有効性と安全性を段階的に確かめていきます。
では、人を対象とした研究は?
ここが現在の大きなポイントです。イベルメクチンについては人を対象とした研究もありますが、「人でがんへの効果が証明された」という段階には達していません。
たとえば米国では2026年、ICONICという第II相臨床試験がClinicalTrials.govに登録されました。この試験では、すでに免疫チェックポイント阻害薬による治療を受けている固形がん患者を対象に、イベルメクチンを追加し、免疫細胞の変化や安全性などを調べる予定です。予定参加者は80人で、イベルメクチン単独でがんを治療する試験ではありません。
つまり、臨床試験が登録されていることは、「イベルメクチンががんに効くことが分かった」という意味ではなく、「人で本当に意味があるのかを、これから調べる段階にある」と考える方が近いでしょう。
「人に使った研究がある」だけでも判断できない
さらに注意したいのが、研究の「数」だけを見ることです。2026年には、イベルメクチンとメベンダゾールを使用したがん患者を追跡した前向き観察研究も報告されています。
しかし、この論文については掲載誌からExpression of Concern(懸念表明)が出されています。Expression of Concernは論文の撤回とは違いますが、研究内容について確認すべき問題があることを読者に知らせるためのものです。そのため、この研究だけを根拠として「人でも効果が確認された」と判断することはできません。
医療情報を見るときには、「論文があるか」だけではなく、その研究がどんな方法で行われ、どの程度信頼できるのかを見る必要があります。
なぜSNSでは「がんに効く」に変わってしまうの?
ここまでを見ると、情報が変化する過程も見えてきます。「がん細胞で作用が見つかった」「マウスでも興味深い結果が出た」「人を対象とした臨床試験も計画された」。ここまでは実際の研究の話です。
しかし、そこから「イベルメクチンはがんに効く」「イベルメクチンでがんが治る」となると、大きな飛躍があります。特に「臨床試験がある」という言葉は、「効果が確認された」と誤解されやすいポイントです。
臨床試験は、効くことが分かっているから行うとは限りません。本当に効果があるのか、安全なのかを確かめるために行うものでもあります。 これはイベルメクチン以外の新しい治療情報を見るときにも覚えておきたいポイントです。
「既に使われている薬なら、試しても安全」ではない
イベルメクチンは長く使われてきた薬なので、「新薬より安全なのでは?」「少しくらい試してもいいのでは?」と思うかもしれません。しかし、寄生虫感染症に承認された用量・使い方で安全性が確認されていることと、がん治療として別の量や期間、ほかの治療薬と組み合わせて使用することは同じではありません。
薬には用量による副作用があり、ほかの薬との相互作用も考える必要があります。また、より大きな問題になるのが、イベルメクチンへの期待から、効果が確認されている標準治療を中断したり開始を遅らせたりすることです。
研究中の治療に関心がある場合は、自己判断で薬を入手して使用するのではなく、臨床試験として参加できるものがあるのかを主治医と相談する方が安全です。
キャンエビのまとめ
- 現時点で「イベルメクチンで人のがんが治る」と証明された信頼性の高い臨床的根拠はありません。
- 一方で、イベルメクチンの抗腫瘍作用を示した細胞・動物研究は実際に存在します。
- そのため、既存薬を別の治療に応用する「ドラッグ・リポジショニング」の候補として研究されています。
- 人を対象とした第II相臨床試験も登録されていますが、これは「効果が証明された」という意味ではありません。
- 「がん細胞に効いた」「マウスで効果があった」「臨床試験がある」と「人のがんが治る」は、それぞれ別の段階です。
- がん治療目的で自己判断でイベルメクチンを使用したり、標準治療の代わりにしたりすることは避けましょう。
イベルメクチンの研究そのものを「全部デマ」と片づける必要はありません。一方で、研究が存在することを、そのまま「治療効果が証明された」に置き換えることもできません。 新しい治療法の情報を見つけたときは、「研究があるか」だけでなく、その研究はいまどの段階なのかまで確認することが大切です。
参考文献
- Antitumor effects of ivermectin at clinically feasible concentrations support its clinical development as a repositioned cancer drug(前臨床研究、2020年)
- Drug repurposing of ivermectin abrogates neutrophil extracellular traps and prevents melanoma metastasis(前臨床研究、2022年)
- Forging Ahead the Repositioning of Multitargeted Drug Ivermectin(レビュー論文、2022年)
- Real-world Clinical Outcomes of Ivermectin and Mebendazole in Cancer Patients: Results from a Prospective Observational Cohort(前向き観察研究、2026年・懸念表明あり)
- Expression of Concern | Anticancer Research(編集部による懸念表明、2026年)
- Ivermectin Combined With Immune Checkpoint Inhibition in Cancer (ICONIC)(第II相臨床試験登録)








