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古代にも「がん治療」はあった? エジプト・ギリシャ・ローマの記録から

古代にも「がん治療」はあった? エジプト・ギリシャ・ローマの記録から

古代エジプトの医学書には、乳房にできた腫れについての記録が残っています。古代ギリシャでは、腫瘍を「蟹」を意味する言葉で呼ぶようになり、それが現在の「cancer」という言葉につながりました。

顕微鏡も画像検査もなかった時代、人々はがんのような病気をどう見て、どう理解し、どう治療しようとしていたのでしょうか。

古代の人は、腫瘍をどう見ていた?

今のように組織を調べる方法はありませんでした。古代の医師たちは、腫れやしこりの形、触れたときの硬さ、その後の変化などを観察していました。

腫れ、しこり、ただれ。こうした変化が、記録の中心でした。昔の人は「がん」という一つの病気を探していたわけではありません。体に現れた気がかりな変化を、一つずつ見て、書き留めていました。

ですから、これから紹介する記録は、今の診断名と一対一でつながるものではありません。当時の人が見た病変を、当時の言葉で記録したものとして読む必要があります。

古代エジプトに残る、腫瘍の記録

古代エジプトでは、パピルスという植物から作った紙のようなものに、医療の記録が書かれました。なかでも有名なのが、エドウィン・スミス・パピルスとエーベルス・パピルスです。エドウィン・スミス・パピルスには乳房の病変について、エーベルス・パピルスにはさまざまな腫れや腫瘍についての記述があります。

書き方は、学術書というより現場のメモに近い印象です。どんな様子か、どう手当てをするか、結果はどうだったか。簡潔に記述されています。手当てとして、焼いて処置する焼灼(しょうしゃく)の記録も残っています。
興味深いのは、乳房の病変について「治療法はない」という趣旨の記述も残されていることです。当時すでに、治療することが難しい病変があることが観察されていました。
一方で、原因の説明には、経験にもとづく処方と、まじないや儀式のような要素が混ざっていました。現代の目には不思議に映りますが、当時はそれが医療の一部でした。

なぜ、がんを「蟹」と呼んだ?

エジプトの次は、地中海を渡ってギリシャへ。医学の父と呼ばれるヒポクラテスと、その流れをくむ人たちの文献には、腫瘍を指して「karkinos(カルキノス)」と呼ぶ言葉が出てきます。意味は「蟹」です。

なぜ蟹なのか。古くから伝わる説明では、硬く盛り上がった腫瘍のまわりに血管が広がる様子が、蟹の脚のように見えたからだとされています。しっかりとつかんで離れない蟹のはさみを思い浮かべた、という見方もあります。「蟹」という呼び名が何を表していたのかについては、古代から複数の説明が残されています。

この言葉は、のちにラテン語で「cancer(カンケル)」になり、英語の cancer へとつながりました。ローマの医者ケルススや、後の時代の注釈者たちも、この蟹のたとえを受け継いでいます。今も私たちが使う単語のなかに、二千年以上前の観察のまなざしが残っているわけです。

ギリシャでは、病気の原因も理屈で考えようとしました。その枠組みが、体の中の液体のバランスが乱れると病気になる、という体液論です。病変の場所や経過を見ながら、原因や方針を説明しようとしたのです。現代医学から見れば正しい説明ではありませんが、病気の原因を体の仕組みから説明しようとする考え方でした。

古代にも、腫瘍を切る治療があった

ギリシャとローマの時代には、腫瘍の切除や焼灼が実際に行われていた記録があります。ここで目を引くのは、「いつやるか」だけでなく「やらないほうがよい場合」も書かれていることです。
ヒポクラテス系の文献には、表面がただれていない腫瘍には手をつけないほうがよい、という趣旨の警告があります。手を出して悪くなることがある、という経験が積み重なっていたのでしょう。

ローマ時代のケルススは、医学についてまとめた著作の中で、腫瘍の治療についても記しています。初期の病変には手術などが行われる一方、進行した病変への積極的な処置には慎重でした。現在のような全身麻酔や抗菌薬、近代的な感染対策がない時代です。腫瘍を切除すること自体が、現在とは比較にならないほど大きな負担を伴う処置でした。

現代の手術とは前提がまるで違うので、手順そのものを比べるものではありません。むしろ「限られた道具と知識のなかで、医者が何に悩んだか」を想像しながら読むと、ぐっと身近に感じられます。

古代の記録を、そのまま「がん」とは呼べない

古代の医学書に登場する「腫瘍」や「しこり」が、現在の診断で何にあたるのかは簡単には分かりません。当時は顕微鏡による組織診断もなく、病変の見た目や触れた感触、経過などから分類していたためです。

それでも、乳房の腫れを詳しく記録し、治療できるものと難しいものを分け、腫瘍の形から「蟹」という名前をつけ、切除や焼灼まで試みていた記録が残っています。現在とは病気の理解も治療法もまったく違いますが、人類が古代から腫瘍を観察し、どうにか理解しようとしてきたことは、その記録から見えてきます。

キャンエビのまとめ

  • エジプトのパピルスには、乳房の腫れの記録とともに、焼灼などの手当てや「治療しない」という判断まで書かれていた。
  • 「cancer」は、ギリシャ語で蟹を意味する karkinos から来ている。血管の広がりが蟹の脚に見えた、という説明が伝わる。
  • ギリシャ・ローマの医者は、切る・焼くだけでなく、手を出さない判断も書き残していた。
  • 古代の「腫瘍」が現在のがんと同じとは限らず、当時の記述を現在の診断名にそのまま置き換えることはできない。

参考文献

  1. American Cancer Society「A Brief History of Cancer」
    古代エジプトの記録、ヒポクラテスの karkinos、ケルススによるラテン語 cancer への展開など、がんの名称と医学史について。
  2. Hajdu SI. A note from history: landmarks in history of cancer, part 1
    古代エジプトからギリシャ・ローマ時代までのがんの記録と、がんという概念の歴史について。
  3. Papavramidou N, Papavramidis T, Demetriou T. Ancient Greek and Greco-Roman Methods in Modern Surgical Treatment of Cancer
    ヒポクラテス医学における腫瘍の考え方や、古代ギリシャ・ローマ時代の切除・焼灼などの治療について。
  4. Hajdu SI, Vadmal M. The fruits of long endeavors: 200 years of oncology
    エドウィン・スミス・パピルスに残された乳房腫瘍、焼灼、「治療法はない」という記述などについて。
  5. The Surgery of Celsus’ De Medicina
    ケルススの『De Medicina』と、古代ローマに記録された外科治療について。

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